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カルチャーラジオ 歴史再発見 「ギリシア人の世界と古代オリンピック」 東京大学教授…橋場弦

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番組表検索結果 | NHKクロニクル

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【ギリシア文明とわたしたち】 東京大学教授…橋場弦
今回のシリーズでは古代ギリシア文明で誕生した中でも「民主制」と「オリンピック」を二つの大きな柱としてお話しいただきます。ギリシア文明がもたらした文化的な遺産は私たち日本人にも決して無縁なものではありません。第1回ではギリシア文明がいつ生まれどのように広まり継承されていったのか、そして現在、私たちの身の回りにあるギリシア文明を起源とする言葉、文学、哲学、芸術、建築様式、医学などについて解説します。

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【都市国家の出現~ギリシア人の世界】 東京大学教授…橋場弦
第2回は「都市国家の出現 ギリシア人の世界」。古代ギリシアは紀元前8世紀になると地中海、黒海に植民地を次々に建設し発展します。その背景には自然や風土など地理的要素が関係していることが見えます。古代ギリシアの土台となったのは各地に誕生したポリス(都市国家)でした。今回はどのようにしてポリスが生まれたのか、その仕組みはどうなっていたのか、そして古代オリンピックが開かれるようになった経緯を解説します。
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【デモクラシーの誕生】 東京大学教授…橋場弦
第3回は「デモクラシーの誕生」。古代ギリシアが遺した大きな遺産の一つにデモクラシー(民主政)があります。紀元前8世紀に成立したポリス(都市国家)は貴族政という政治体制をとっていました。やがて、ポリス社会の中での経済格差、貴族と平民との対立の問題などから変革が迫られます。今回はホメロスの叙事詩やクレタ島「ドレーロスの碑文」に刻まれた成文法からデモクラシーが生み出されていく過程をお話しいただきます。
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【アテナイ民主制】 東京大学教授…橋場弦
第4回は「アテナイ民主政」。紀元前7世紀、アテナイは貴族同士の内部抗争に直面、クレイステネスは独裁的な貴族の地盤を分断し市民団による部族制という思い切った社会改革を実施、アテナイに民主政の基盤を作ることに成功します。そしてペルシア戦争を経て紀元前5世紀の半ばに民主政が完成するのです。今回はアテナイで民主政が完成するまでを「陶片追放」「ペリクレスの葬送演説」などの資料に基づいてお話しいただきます。
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【民主制に生きる人びと】 東京大学教授…橋場弦
第5回は「民主政に生きる人びと」。アテナイ民主政では、国政の最高意思決定機関である「民会」に、アテナイ市民権を有する男子であれば誰でも参加でき、くじによって議員が決められていました。ソクラテスは「国の役人をくじで決めるのは愚かも甚だしい」と民会を批判しています。裁判も市民参加で公平性が重んじられ、都市の民主政は地方(村)の民主政が基本となっていました。今回は民主政のしくみについてお話し頂きます。
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【民主制は滅びず】 東京大学教授…橋場弦
第6回は「民主政は滅びず」。紀元前431年、アテナイはスパルタと「ペロポネソス戦争」に突入、疫病の流行も相まって降伏に至ります。寡頭派によるクーデターで民主政は恐怖政治に取って代わりますが1年後に復活。「悪いことは思い出さない」という誓いを立て報復せず民主政は安定期を迎えます。その後も一時は中断されますが復活しローマ帝国の属州になるまで続きます。今回は民主政の紆(う)余曲折の歴史をみていきます。
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【古代オリンピックのはじまり】 東京大学教授…橋場弦
第7回は「古代オリンピックのはじまり」。平等・対等な社会をめざした古代ギリシア人たちは、一方で誰が一番優れた身体能力の持ち主かということにこだわりを持っていました。人が集まれば行われていたという運動競技会がやがて、ギリシア国内から地中海全体へと発展していきます。今回は紀元前776年~紀元後393年まで約1200年にわたり293回も開かれた古代オリンピック誕生の経緯と歴史についてお話いただきます。
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【競技と祭典】 東京大学教授…橋場弦
第8回は「競技と祭典」。古代オリンピックは神・ゼウスに捧(ささ)げる宗教的祭典としてギリシア、エリスの神域、オリンピアで開かれていた競技大会です。全5日間の日程で競馬競技、五種競技、徒競走、格闘技などが行われ3日目には、宗教儀礼の「大犠牲式」、5日目には表彰式が執り行われていました。今回は古代オリンピックがどのように開かれ、どのような競技が行われていたのかを近代五輪と比較しながら解説いただきます。
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【何のためのオリンピックか?】 東京大学教授…橋場弦
第9回「何のためのオリンピックか?」。古代ギリシア人は何のために運動競技を熱心に行っていたのでしょうか。当時の競技は金品などの賞品を目指して争うものでしたが古代オリンピックでは勝者にオリーブの枝の冠が与えられる栄誉を賭けて行われていました。今回は、古代オリンピックを「軍事とオリンピック」「オリンピックは実戦に役立つか?」「優勝者の褒美」「オリンピックと賄賂」など別の側面から解説していただきます。
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【葬送と競争の文化】 東京大学教授…橋場弦
第10回「葬送と競争の文化」。古代ギリシア人は、神々を喜ばせるという宗教的な儀礼だけではなく、死者への供養として葬儀の時に運動競技会を開いていました。なぜ古代ギリシア人は運動競技が好きなのでしょうか。古代ギリシア人は、運動競技ばかりでなく音楽、演劇、弁論などコンテストの場でも競い合っていました。競争は大事な価値と考えていたのです。今回は、古代ギリシア人の根底にある競争の文化を解説していただきます。
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【理想の人間像-均整の美】 東京大学教授…橋場弦
第11回「理想の人間像 均整の美」。古代ギリシア人は、人は平等で誰からも命令を受けない「自由な身体」との思想から、奴隷、男娼等一部は除き運動競技においても誰でも参加でき公平に行われるべきとの考えを持っていました。心と身体のバランスがとれている人間を徳のある人間とみなし古代オリンピックでは5種競技の選手が最も美しいとされました。今回は、古代ギリシア人が求めた理想の人間像について解説していただきます。
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【民主政とオリンピックをむすぶもの】 東京大学教授…橋場弦
第12回「民主政とオリンピックをむすぶもの」。古代ギリシアでは全員参加で権限を平等に受け持つ民主政とオリンピックとは深く結びついています。古代オリンピックでは市民であれば個人の意思で参加でき「国を代表する」という考え方はありませんでした。そのため、戦争中の国同士であっても一時休戦し行われていました。この精神は近代五輪にも継承されています。今回は古代オリンピックと民主政の関係をお話しいただきます。
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【ギリシア人が教えること】 東京大学教授…橋場弦
第13回「ギリシア人が教えること」。ギリシアは地中海を征服したローマ帝国によって滅亡します。それはローマ人がエリートを信じ、ギリシア人は人間を信じたからだといわれています。アリストテレスはギリシアの民主政を「優秀な一人による支配より、凡庸だが多数による支配」と表現しています。最終回では古代ギリシア人が生み出した文化的遺産が、時代や地域を超えてなぜ今も受け継がれているのかを総括していただきます。


私の日本語辞典 日本古代の儀式音楽とやまと歌

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2019年2月の放送予定
日本古代の儀式音楽とやまと歌
講師:犬飼 隆(日本語学者)

古代日本において、様々な儀式の場で歌われていた日本語の歌を「やまと歌」と言います。天皇の葬儀、朝廷の年中行事、神社の祭り、儒教の催し、仏教の供養などいろいろな場面で人々の口に代々伝えられてきた民謡風の歌が和琴の伴奏で歌われていました。このことが明らかになってきたのは、近年多数出土する木簡の記録からでした。万葉集や古今集成立の母体として、6世紀から8世紀前半にかけて、日本には「歌ことば」文化があったと推測されています。今回は、いわゆる「やまと歌」が古代日本の儀式音楽にどのような経緯で用いられ、どう発展し、そして文学としての和歌につながっていったのか、古代日本語研究の第一人者である犬飼隆さんに解説していただきます。

放送は4回シリーズ。
聞き手:NHK放送研修センター日本語センター 秋山和平アナウンサー
<内容>
1回   犬飼さんの専門分野について、近年出土した木簡からわかった「やまと歌」について、など
2回   木簡記録にみる「歌」とやまと歌、万葉集や古今集との関係
3回   8世紀初頭の遣唐使以後に見られるやまと歌の変化について
4回   やまと歌が木簡に残されていた理由、和歌への発展について、など

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2019年02月02日(土)
午後03:10~午後03:40
古代日本において、さまざまな儀式の場において歌われていた日本語の歌を「やまと歌」といいます。天皇の葬儀、朝廷の年中行事、神社の祭り、仏教の供養などさまざまな場面で人々に代々伝えられてきた民謡風の歌が、和琴の伴奏で歌われていました。そのことがわかってきたのは発掘された木簡など資料からです。古代日本語研究の第一人者、犬飼隆さんが「やまと歌」の発展から文学としての「和歌」に至るまでを多角的に解説します。

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2019年02月09日(土)
午後03:10~午後03:40
今回は、やまと歌の定番「難波津の歌(なにわづのうた)」とそのほかの歌について、出土した木簡資料などからわかってきたことを解説します。儀式での木簡の役割と万葉集とのつながり、儀式で用いられる和琴に関する研究にも触れていきます。また犬飼さんが持参した、当時の和琴に近いとされるフィンランドの楽器「カンテレ」の音色も紹介します。

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2019年02月16日(土)
午後03:10~午後03:40
今回は、600年代から900年代にかけてのやまと歌の歴史の中で、特に大きな変革をもたらした出来事、遣唐使の役割を中心に考えていきます。中国や朝鮮などの国際情勢の変化に疎かった当時の日本の文化に、8世紀初頭に再開された遣唐使が大陸の文化を持ち帰り、それがどのようにやまと歌に反映していったのか、犬飼さんの考えを聞いていきます。

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「日本古代の儀式音楽とやまと歌」(4)

日本語学者…犬飼隆,【アナウンサー】秋山和平
今回は雅楽寮と呼ばれる「うたまい」担当の役所の果たす役割を考えます。そこでの伝承の方法として木簡が使われたのでは、と犬飼さんは考えています。また、やまと歌が次第に宮中の儀式だけではなく、地方の年中行事の際に歌われるようになった経緯や、「和歌」への発展から「歌集」制作に至るまでを解説します。そして今後の研究テーマについて、どのような発見が期待できるか、犬飼さん自身の抱負なども聞きます。


出演者プロフィール
犬飼 隆(いぬかい・たかし)
1948年名古屋市生まれ。東京教育大学国文科卒業後、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。学習院女子短期大学助教授、神戸大学教授を経て、1996年より愛知県立大学教授。木簡から古代日本語を再現する研究を行う。

<主な著書>『上代文字言語の研究』笠間書院(1991年)[増補版 2005年] 、『文字・表記探究法』朝倉書店(2002年)、『木簡による日本語書記史』笠間書院(2005年)[増補版 2011年] 、『漢字を飼い慣らす』 人文書館(2008年)、『木簡から探る和歌の起源』 笠間書院(2008年)、『儀式でうたうやまと歌—木簡に書き琴を奏でるー』 塙書房(2017年)

カルチャーラジオ 科学と人間 薬と毒の歴史をひも解く 日本薬科大学教授…船山信次

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カルチャーラジオ 科学と人間 | 聴き逃し | NHKラジオ らじる★らじる

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「薬と毒の歴史をひも解く」(1)<全13回>

【はじめに-薬毒同源】 日本薬科大学教授…船山信次
「薬毒同源」という言葉は、薬も毒も使い方次第でどちらにもなりうるということから、講師の船山さんが提唱する考え方です。使い方次第で毒にも薬にもなるものの例を紹介し、人類が歴史の中で薬や毒をどのように使ってきたのかを、古代エジプトや中国、日本の史実からお話しします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(2)

【古代の薬と毒1-人類の誕生と薬と毒との出会い】 日本薬科大学教授…船山信次
今回のテーマは古代の薬と毒。古代においても病気やけがなどの対処法を記録することは、どの民族でも行われていました。古代エジプトではその記録法に特徴があり、それが各地に伝わった歴史があります。古代エジプトの記録にある薬と毒の記述を紹介し、さらに古代ローマやギリシア、インド、中国での薬と毒の記録をたどっていきます。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(3)

【古代の薬と毒2-人類の誕生と薬と毒との出会い】 日本薬科大学教授…船山信次
今回は日本の古代における薬と毒がテーマです。日本にもさまざまな薬と毒についての記録が残っています。古くは推古天皇が薬草などを採取する「薬狩り」をしたといった記述があり、万葉集にも薬として用いていた秋の七草について記されています。また私たちが花として見ているものの中には、もともと薬として海外から持ち込まれたものもあります。さまざまな記述を通して日本の薬と毒の歴史をみていきます。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(4)

【中世の薬と毒1-魔女と錬金術と大航海時代】 日本薬科大学教授…船山信次
2回にわたって中世の時代を振り返ります。ここでいう中世は鎌倉時代から江戸幕府成立のころまでで、西洋では大航海時代の幕が開き世界中にヨーロッパの文化が伝わっていきました。当時ヨーロッパでは魔女と呼ばれる人々が現れます。魔女は薬と毒に詳しい人が多く恐れられ、次々と捕まり拷問されました。中世の薬と毒の歴史をご紹介します。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(5)

【中世の薬と毒2-魔女と錬金術と大航海時代】 日本薬科大学教授…船山信次
大航海時代が始まった背景の一つは、こしょうなどの香辛料を獲得するためでした。香辛料以外にもさまざまな薬物、植物などがヨーロッパに持ち込まれ、それによって医学や化学も発達しました。また一緒に入ってきた伝染病を治すために多様な薬が作られることになりました。薬の発展の歴史をお伝えします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(6)

【近世の薬と毒1ーわが国への漢方と蘭方の導入と展開】 日本薬科大学教授…船山信次
今回のテーマは江戸時代の薬と毒です。江戸時代の初め中国から「本草網目(ほんぞうこうもく)」という書物が日本に入ってきて、わが国の薬の研究に大きな影響を及ぼしました。そして江戸時代中期にはオランダ医学が導入され蘭方と呼ばれ、それまでの医学を漢方と区別されることになりました。この漢方と蘭方がどのように入ってきて、発展していったかをお伝えします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(7)

【近世の薬と毒2-有機化学の誕生とその展開】 日本薬科大学教授…船山信次
薬や毒の研究や利用には化学の発展が必要であり、シェーレやラボアジェといった化学者によって近世に大きく発展しました。このころに出てきたのが今も使われている周期表やベンゼン環でした。また有機化学が出てきたのもこの当時。有機化学の始まりとその後の発展、さらに当時次々と発見されたアルカロイドとは何か、その重要性をお話します。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(8)

【近代の薬と毒1-細菌学・病原微生物学の誕生】 日本薬科大学教授…船山信次
今回と次回のテーマは、明治時代の薬学と科学者の活躍です。鎖国が終わると当時の進んだ科学技術を学ぶためヨーロッパを中心に多くの留学生が送り込まれました。この時代の薬と毒に関する学問の特徴は、細菌学というジャンルが成立したことです。さまざまな病原菌の正体が判明し、対処方法が考えられました。抗生物質が発見されたのもこの頃です。近代薬学の発展の過程と発見された病気の治療法についてお話しします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(9)

【近代の薬と毒2-明治の科学者たちと合成医薬品】 日本薬科大学教授…船山信次
ヨーロッパに留学した人たちによって明治時代の科学は大きく発展し、世界的業績を上げる科学者が続々と現れました。また当時誕生したのが化学合成医薬品です。それまで主に用いていた漢方から西洋医学に転換していったのも、この時代の特徴です。科学者たちの業績と漢方から西洋医学に移り変わっていく中で、どのような変化が起こったのかをお伝えします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(10)

【現代の薬と毒1-抗生物質やその他の新薬の発見】 日本薬科大学教授…船山信次
今回から2回にわたって20世紀以降の薬と毒の歴史についてお話しします。現代の薬と毒の特徴は抗生物質の発見とその応用といっても過言ではありません。抗生物質によって多様な病気が治療可能になり、多くの人の命が救われるようになりました。また奈良にある正倉院には生薬が保管されていて、その分析をすることで奈良時代の薬物の使われ方が判明しました。現代科学を用いてわかった薬物の歴史もお話しします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(11)

【現代の薬と毒2-麻薬・覚醒剤・大麻と危険ドラッグ】 日本薬科大学教授…船山信次
過去にも人の精神や行動に影響を与える薬物は使われていましたが、現代でもモルヒネなどが使用されているケースもあります。麻薬や覚せい剤さらに最近の危険ドラッグ。その歴史や特徴、危険性などについてお伝えします。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(12)

【現代の薬と毒3-薬や毒にかかわる事件や事故】 日本薬科大学教授…船山信次
私たちに何らかの作用をもたらす化合物を、その結果によって「薬」や「毒」と呼んでいます。現代は薬の発達で多様な恩恵を受けていますが、薬や毒が原因となる事件や事故も起こってきました。そうした歴史を紹介します。また日本では薬を扱う学問を「薬学」といいますが、その歴史や最近の薬学事情もご紹介します。
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「薬と毒の歴史をひも解く」(13)[終]

【おわりに-毒と薬と人類】 日本薬科大学教授…船山信次
これまで人類は結核やコレラ、ペスト、チフスなどの疫病によって大きな危機がありましたが、これらの疾病に対して人類は薬や毒を応用して対処法を見出してきました。その歴史を振り返りながら、これから人類は薬と毒にどのようにかかわっていけばいいのか、薬学をどのように発展させていけばいいのかを考えていきます。

カルチャーラジオ 日曜カルチャー「人間を考える 思いを伝えることば」

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「人間を考える 思いを伝えることば」(3)

作家…島田雅彦
「思いを伝えることば」第3回は作家の島田雅彦さん。島田さんは過去の人たち、亡くなった人たちを蘇(よみがえ)らせ登場させるのが小説家だと言います。島田さんは既に亡くなった安部公房、中上健次など多くの作家と交流があり、交わした言葉に影響を受けました。今も夢に出てくるといます。現実の世には存在しない、いわば言語が作り出した世界「あの世」や「時間」など、島田さんの目線から「ことば」についてお話し頂きます。
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「人間を考える 思いを伝えることば」(2)

コピーライター…梅田悟司
「思いを伝えることば」第2回は広告制作をはじめ製品開発など幅広く活動しているコビーライターの梅田悟司さんです。梅田さんは自分の思っていること考えていることを言葉にして伝えることが大切で、そのためには自分の「内なる言葉」に目を向け高めることが必要であるといいます。今回は、ことばを生かす仕事に携わっている梅田さんにどうすれば思いを伝えることばを生み出すことができるのか、具体例を交えお話しいただきます。
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「人間を考える 思いを伝えることば」(1)

<全4回> 文筆家・エッセイスト…青木奈緒
「人間を考える 思いを伝えることば」。第1回は文筆家、エッセイストの青木奈緒さんです。青木さんの母方の曾祖父は幸田露伴、祖母は幸田文そして母のたまさんも文筆家として知られています。青木さんは、心を表すのが言葉だといいます。今回は曾祖父の幸田露伴、祖母の幸田文、母のたまさんそして青木奈緒さんと代々伝えられてきた言葉や座右の銘について、その言葉が発せられた背景や込められた思いと共にお話しいただきます。