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邦楽のひととき 吟詠「和歌・わがいほは」ほか

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▽吟詠「和歌・わがいほは」ほか


安藤聖楓,佐々木秀景,奥山紅雋,植田飭菖,林杏泉,今城栄龍,石垣清美,河野正明,幸田夏穂
「和歌・わがいほは」喜撰法師:作詞,(吟)安藤聖楓,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「春日山懐古」大槻盤渓:作詞,(吟)安藤聖楓,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「和歌・世の中よ」藤原俊成:作詞,(吟)佐々木秀景,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「桶狭間を過ぐ」大田錦城:作詞,(吟)佐々木秀景,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明ほか
楽曲
  • 「和歌・わがいほは」
    喜撰法師:作詞
    (吟)安藤聖楓、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分08秒)
    ~CR501~

    「春日山懐古」
    大槻盤渓:作詞
    (吟)安藤聖楓、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分19秒)
    ~CR501~

    「和歌・世の中よ」
    藤原俊成:作詞
    (吟)佐々木秀景、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分15秒)
    ~CR501~

    「桶狭間を過ぐ」
    大田錦城:作詞
    (吟)佐々木秀景、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分20秒)
    ~CR501~

    「磧中の作」
    岑 参:作詞
    (吟)奥山紅雋、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分18秒)
    ~CR501~

    「余生」
    良 寛:作詞
    (吟)奥山紅雋、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分20秒)
    ~CR501~

    「八陣の図」
    杜 甫:作詞
    (吟)植田飭菖、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分12秒)
    ~CR501~

    「時事偶感」
    杉浦重剛:作詞
    (吟)植田飭菖、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分10秒)
    ~CR501~

    「鮫島生の東行を送る」
    横井小楠:作詞
    (吟)林 杏泉、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分18秒)
    ~CR501~

    「後夜仏法僧鳥を聞く」
    空 海:作詞
    (吟)林 杏泉、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (2分13秒)
    ~CR501~

    「一の谷懐古」
    梁川星巖:作詞
    (吟)今城栄龍、(箏)石垣清美、(尺八)河野正明
    (4分12秒)
    ~CR501~

カルチャーラジオ 歴史再発見 「縄文時代研究の最先端を探る」

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「縄文時代研究の最先端を探る」(12)

【最新の縄文時代展示~歴博第1展示室リニューアルの裏側~その2】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第12回は「最新の縄文時代展示 歴博第一展示室リニューアルの裏側2」。縄文人は定住生活を営むようになると周囲にクリの木を植え大豆やアズキを栽培するなど食料の生産、加工・貯蔵などを計画的に行うようになります。また、生活に必要な木工・編み組、建築技術なども高度だったといわれています。今回は歴博第一展示室「縄文人の生業(なりわい)カレンダー」などから縄文人がどのような生活を営んでいたのかをみていきます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(11)

【最新の縄文時代展示~歴博第1展示室リニューアルの裏側~その1】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第11回 「最新の縄文時代展示 歴博第一展示室リニューアルの裏側1」。「歴博」の愛称で親しまれている千葉県佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」の縄文文化を展示する第一展示室がリニューアルしました。従来の時間的・空間的枠組みにとらわれることなく「多様な縄文列島」をテーマに東アジアの中から縄文文化を捉えるダイナミックな構成となっています。3回にわたり展示を通して、縄文文化の時代への理解を深めていきます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(10)

【縄文時代の死生観 その2】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第10回「縄文時代の死生観2」。縄文時代の墓地は家族単位で群在する傾向があり、順次埋葬することで系譜的意識が生成されました。環境の悪化で中期末から後期初頭にかけ中期の集落が解体しますが後期前葉になると温暖化により血縁関係だけでない大集落が形成されたことが墓地の人骨のDNAの分析などから判明しています。今回は縄文時代における二つの死生観「再生・循環の死生観」と「系譜的死生観」についてお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(9)

【縄文時代の死生観 その1】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第9回「縄文時代の死生観1」「死」の認識とは、あの世とこの世の区別「他界観」の成立と密接な関係を持ちます。死者を「あの世」へ送る手段として埋葬する、墓をつくるという「葬墓制(そうぼせい)」の発達が「他界観」の成立時期を調べる鍵となります。今回は縄文時代の墓・埋葬例を検討することにより当時の人たちが「死」に対しどのような対応を行ったのか、そこからうかがうことができる「死生観」についてお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(8)

【縄文時代の社会~東の社会、西の社会~その2】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第8回「縄文時代の社会 東の社会、西の社会2」縄文時代、東日本と西日本では、文化のあり方が全く違っていました。西日本では1集落に住居が2~3程度で人口は10人を上回ることがない小規模集落で構成され、土偶や石棒など第2の道具もあまり発見されていません。絶対人口数の少なかったことが必要以上の社会複雑化の進展を促さなかった要因と考えられます。今回は西日本における縄文文化の特徴についてお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(7)

【縄文時代の社会~東の社会、西の社会~その1】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第7回「縄文時代の社会 東の社会、西の社会1」縄文文化は、多様な地域文化の集合体です。東西差が大きく、東日本では定住性が強くなり人口が増え複雑な社会が形成されていきます。今回は縄文時代後半期を中心に遺跡と出土した土偶などから見えてくる、集団での営み、交易品の生産、クリ、マメなどの有用植物の育成、一部では階層化した社会があったのではないかなど東日本における縄文社会の特徴についてお話しいただきます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(6)

【縄文時代の精神文化~何を想い、何を願ったのか~その2】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第6回「縄文時代の精神文化 何を想い何を願ったのか2」縄文時代は埋設した土器の中に再生・復活を願うものを入れ埋設、あるいは再生を願うものを収納する「土器埋設祭祀(し)」が存在したと考えられています。女性の身体に見立てた土器には母体に子供を戻し、もう一度生まれてくるようにとの再生観念・循環の思想が伺われます。今回は土器の収納物から縄文人の根本的な思想「生と死と再生・豊じょう」についてお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(5)

【縄文時代の精神文化~何を想い、何を願ったのか~その1】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第5回「縄文時代の精神文化 何を想い、何を願ったのか1」縄文人は知性・心性において私たちと遜色なかったと考えられています。精神文化の発達を促したのが移動生活から定住生活への居住形態の変化です。定住生活になると、ゴミの処理、食料の管理、自然災害からの回避などさまざまな問題に対処していく必要が生じ、そこに社会的なルール作りが行われ祭祀や呪術の発達が誘発されたのです。出土した土偶と石棒から読み解きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(4)

【「縄文時代・文化」の境界を探る~その空間~】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第4回「『縄文時代・文化』の境界を探る ~その空間」。日本列島への移住ルートとして考えられるのは北回りルート(沿海州・サハリン→北海道)、西回りルート(朝鮮半島→北部九州)、南回りルート(南島→九州)の3ルートです。今回はルートごとに、出土した土器や石器など道具の特徴・分布を考察することで、縄文文化の範囲を探っていき縄文文化が日本列島域内におさまっている独自性の強い文化であることをお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(3)

【「縄文時代・文化」の境界を探る~その時間~】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第3回「『縄文時代・文化』の境界を探る~その時間」。最新研究により先史・古代日本における旧石器時代→縄文時代→弥生時代の時代区分が見直されてきています。約1万5千年前から温暖化が始まり自然環境の変化に対応する形で土器が発明されたと説明されてきましたが温暖化以前の1万6500年前の最古の土器が青森県太平元遺跡から出土し縄文時代の始まりの意見が分かれました。今回は縄文時代の起源についてお話し頂きます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(2)

【「縄文時代・文化」とはなにか?その2】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
第2回は「縄文時代・文化」とはなにか? その2です。縄文時代は2500年程度の期間とされてきましたが科学的な検証などにより次第に伸び現在は1万3000年間続いたと考えられています。縄文時代という時間的枠組みを設定するならば、その中には数多くの文化が存在し日本列島域全域で後氷期に適応した文化としてとらえられます。今回は最先端の研究により再構築された縄文時代の枠組みと縄文文化の実態をみていきます。


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「縄文時代研究の最先端を探る」(1)<全13回>

【「縄文時代・文化」とはなにか?その1】 国立歴史民俗博物館教授…山田康弘
「縄文時代研究の最先端を探る」第1回 は「縄文時代・文化とはなにか?」その1。現在、最先端の研究により縄文時代とその文化が大きく見直されてきています。例えば縄文時代の始まりは当初考えられていた時期より、さらに数千年遡ることがわかってきました。今回は、私たちが教科書などで習ってきた縄文時代の概念とその枠組みを検証すると共に、最新の研究でわかってきた事例から新しい縄文時代像についてお話しいただきます。


邦楽のひととき 吟詠「和歌・さつきまつ」ほか

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▽吟詠「和歌・さつきまつ」ほか

池田菖黎,松葉水緑,原田光玲子,菊野桜山,長谷川素枩,巽吟城,石垣清美,河野正明,幸田夏穂
「和歌・さつきまつ」(吟)池田菖黎,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「事に感ず」于濆:作詞,(吟)池田菖黎,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「和歌・東海の」石川啄木:作詞,(吟)松葉水緑,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「廬山の瀑布を望む」李白:作詞,(吟)松葉水緑,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「絵の島」菅茶山:作詞,(吟)原田光玲子,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明ほか
楽曲
  • 「和歌・さつきまつ」
    (吟)池田 菖黎、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分14秒)
    ~CR501~

    「事に感ず」
    于 濆:作詞
    (吟)池田 菖黎、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分29秒)
    ~CR501~

    「和歌・東海の」
    石川啄木:作詞
    (吟)松葉 水緑、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分19秒)
    ~CR501~

    「廬山の瀑布を望む」
    李 白:作詞
    (吟)松葉 水緑、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分14秒)
    ~CR501~

    「絵の島」
    菅 茶山:作詞
    (吟)原田 光玲子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分15秒)
    ~CR501~

    「応制天の橋立」
    釈 希世:作詞
    (吟)原田 光玲子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分16秒)
    ~CR501~

    「松島」
    釈 南山:作詞
    (吟)菊野 桜山、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分16秒)
    ~CR501~

    「山の夜」
    嵯峨天皇:作詞
    (吟)菊野 桜山、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分25秒)
    ~CR501~

    「従軍行」
    王 昌齢:作詞
    (吟)長谷川 素枩、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分18秒)
    ~CR501~

    「金谷園」
    杜 牧:作詞
    (吟)長谷川 素枩、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分23秒)
    ~CR501~

    「春望」
    杜 甫:作詞
    (吟)巽 吟城、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (4分14秒)
    ~CR501~

吟詠「和歌・み吉野の」ほか - 邦楽のひととき

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邦楽のひととき ▽吟詠「和歌・み吉野の」ほか

八代光晃子,山中梅鈴子,野嶋帆楓,辻栄水,安藤聖楓,前田卓霊,石垣清美,河野正明,幸田夏穂
「和歌・み吉野の」藤原雅経:作詞,(吟)八代光晃子,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「山行」杜牧:作詞,(吟)八代光晃子,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「和歌・幾山河」若山牧水:作詞,(吟)山中梅鈴子,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「客中の作」李白:作詞,(吟)山中梅鈴子,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明,「立山を望む」国分青厓:作詞,(吟)野嶋帆楓,(箏)石垣清美,(尺八)河野正明ほか
楽曲
  • 「和歌・み吉野の」
    藤原雅経:作詞
    (吟)八代 光晃子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分16秒)
    ~CR501~

    「山行」
    杜牧:作詞
    (吟)八代 光晃子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分22秒)
    ~CR501~

    「和歌・幾山河」
    若山牧水:作詞
    (吟)山中 梅鈴子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分05秒)
    ~CR501~

    「客中の作」
    李白:作詞
    (吟)山中 梅鈴子、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分17秒)
    ~CR501~

    「立山を望む」
    国分青厓:作詞
    (吟)野嶋 帆楓、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分17秒)
    ~CR501~

    「月夜三叉口に舟を泛ぶ」
    高野蘭亭:作詞
    (吟)野嶋 帆楓、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分19秒)
    ~CR501~

    「慈恩塔に題す」
    荊叔:作詞
    (吟)辻 栄水、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分17秒)
    ~CR501~

    「秦淮に泊す」
    杜牧:作詞
    (吟)辻 栄水、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分22秒)
    ~CR501~

    「雁を聞く」
    韋応物:作詞
    (吟)安藤 聖楓、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分13秒)
    ~CR501~

    「楓橋夜泊」
    張継:作詞
    (吟)安藤 聖楓、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (2分21秒)
    ~CR501~

    「秋日偶成」
    程顥:作詞
    (吟)前田 卓霊、(箏)石垣 清美、(尺八)河野 正明
    (4分23秒)
    ~CR501~

文化講演会「俳句の未来」と「短歌の明日へ~日常からの発見」 おじん と おばん

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左:宇多喜代子さん 右:夏井いつきさん

文化講演会「俳句の未来」

俳人…宇多喜代子,俳人…夏井いつき
もともとは誰もが気軽に口ずさめる身近な存在だった俳句。しかし今では敷居の高さを感じている人が多い文芸のひとつです。今回は多くの俳人を輩出した松山で、長年俳句界を牽(けん)引してきた俳人・宇多喜代子さんと、近年さまざまなメディアで俳句の魅力を伝えている夏井いつきさんが、遠慮ないトークで俳句の未来、そして魅力について縦横に語り合います。




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左:大島史洋さん、右:三枝昂之

「短歌の明日へ~日常からの発見」

歌人…大島史洋,歌人…三枝昂之
喜びや悲しみ、景色や季節の移り変わりなど、日常のありさまを言葉にして伝える短歌。心のあり方や日常生活で出会うことから題材をどのように発見し詠むのか、どのように言葉にしていくのかを、2016年に短歌最高峰の賞と言われる「迢空賞」を受賞した歌人の大島史洋さんと、若山牧水賞をはじめ多くの賞を受賞している歌人・三枝昂之さんが対談形式で語り合います。

文化講演会「長寿社会の課題と可能性」 東京大学高齢社会総合研究機構特任教授…秋山弘子

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「長寿社会の課題と可能性」

東京大学高齢社会総合研究機構特任教授…秋山弘子
2030年には日本の65歳以上が人口の3分の1となります。中でも75歳以上は倍増し、4割の高齢者が一人暮らしと予測されています。80~90歳代の一人暮らしが一般的となる超高齢社会が到来するとき影響は医療や福祉にとどまらず、経済・産業・文化などの広い領域に及びます。高齢化に応じた新たな価値観の創造と社会システムの抜本的見直しが必要な今、長寿を心から喜ぶことのできる社会について考えます。

カルチャーラジオ 芸術その魅力 千利休と茶の湯の美

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「千利休と茶の湯の美」(1)<全13回>

【日本の美の二面性(1)古今集的な王朝美】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
日本へのお茶の伝来は、平安時代の嵯峨天皇の時とされ、紅茶(発酵茶)が最初とされます。当時は唐の文化を積極的に取り入れようとしていた時代でした。しかし、このお茶は日本人の口に合わなかったのか根付(づ)きませんでした。その後、栄西禅師が禅宗を持ち帰る中で、もたらしたお茶(抹茶)が日本に根付(づ)きお茶の文化を形成します。今回はお茶の歴史を振り返ります。

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「千利休と茶の湯の美」(2)

【日本の美の二面性(2)中世和歌とわび・さび】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
日本の茶の湯の文化には二つのルーツがあります。ひとつは広間で唐物の豪華な茶道具を飾り、大勢のお客を対象にして行う「書院の茶」。もうひとつは簡素な日本の工芸品を使い、狭い一室で少人数で行う「侘(わ)び茶」です。「わび」「さび」は本来否定的な感情や状態を表す言葉ですが、それを美しく感じて、かつ表現するのが「日本的な美」です。今回は「わび」「さび」の世界について考えていきます。

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「千利休と茶の湯の美」(3)

【書院の茶の湯の成立 バサラ大名の美意識】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
鎌倉時代、南北朝の動乱期に登場してきた婆娑羅(ばさら) 大名は自身の財と権威を誇示するため、唐物をたくさん集めて飾り立て豪華な茶会を行いました。唐物を飾り立てるというのは権力や財力の誇示のみならず、美意識の自己表現でもありました。そして婆娑羅(ばさら) 大名の茶が洗練され書院の茶が生まれることになります。今回は書院の茶、成立の背景を探っていきます。

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「千利休と茶の湯の美」(4)

【唐物荘厳とわびの美意識との両立】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
15世紀後半、茶の湯の美は豪華な唐物の道具類を飾り広間で多人数で行う「書院の茶」と、侘(わび)た趣の道具類を飾り小間で少人数で行う「草庵(あん)の茶」の二つが同時進行し各地で広がっていきました。二つの茶の湯の美意識は、やがて重なり合い、利休の茶の前提となっていきます。今回は文献を読み解きながら茶の湯の美意識について紹介します。

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「千利休と茶の湯の美」(5)

【村田珠光の美意識】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
茶の湯は元々、茶葉や茶道具など、すべて外国から伝来したものでした。それが日本独自の変容を遂げ「書院の茶」「草庵(あん)の茶」が生まれ、そこから「侘(わ)び茶」につながっていきました。そして茶の湯が人間の成長にとって大切な道、茶道であると最初に言ったのは茶人の村田珠光であると言われています。今回は村田珠光が書き記したとされる「心の文」を読みながら、村田珠光の茶の湯についてご紹介します。

6
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「千利休と茶の湯の美」(6)

【堺の茶の湯と武野紹鴎の侘(わ)び茶】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
千利休の茶の湯の師匠、武野紹鴎は戦国時代の堺の豪商で茶人でもあります。戦国の動乱の中にあって経済や文化が発展し当時の文化を担っていたのが堺で、商人にとっても茶の湯を学ぶことは必要不可欠でした。武野紹鴎は茶の湯や和歌を学び、新しい茶の湯の形「四畳半の茶の湯」を完成させました。「四畳半の茶の湯」とはどのようなものなのか、今回は武野紹鴎の茶の湯の世界についてお伝えします。

7
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「千利休と茶の湯の美」(7)

【利休の登場】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
堺の町の豪商で茶人の武野紹鴎から、茶の湯を学んだ千利休は武野紹鴎の四畳半の茶の湯をさらに極め、侘(わ)び茶を完成させていきました。茶道の逸話を集めた「茶話指月集」には、千利休の孫、宗旦が利休について語った話が、宗旦の弟子によって記録され千利休の茶の湯の考え方や逸話が数多く残されています。今回は「茶話指月集」を中心にお話しします。

8

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「千利休と茶の湯の美」(8)

【戦国武将たちの茶の湯と利休の改革】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
戦国時代、破竹の勢いで戦国大名として頭角を表した織田信長。信長は貿易で潤っていた堺の町を手中に収め、天下取りの足がかりとしました。そして、それまで遊びや社交や商談の場とされていた茶会を、戦の結束のための茶会や戦勝祝いの茶会など武家の儀礼として茶会を利用し秩序作りに役立てました。そして千利休を起用することとなります。今回は戦国武将の茶の湯と利休の改革についてご紹介します。

9

「千利休と茶の湯の美」(9)

【信長と利休】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
織田信長は武士の秩序作りのため、茶会を儀礼化し統率を図りました。その茶会を行う上で千利休を重用しました。利休は信長の元、その期待に応えました。それまでの茶道具など見立てや外来の茶椀(わん)ではなく、お茶を飲むための専用の茶碗(わん)を依頼して作らせ、唐物と同等に扱う「文化の下克上」を行いました。今回は信長と利休についての逸話を読み解きながら信長と利休の関わりをご紹介します。

10

「千利休と茶の湯の美」(10)

【秀吉と利休(1)】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
茶の湯の世界で文化の下克上を行った千利休には、利休弟子七人衆と言われた武将たちがいました。その弟子衆は信長につき従い下克上を生き抜いた優秀な武将で、近畿を中心に活躍していました。信長亡き後、秀吉が天下人となるには、この武将たちを力が必要でした。秀吉はこの武将たちの心をつかんでいた利休を政権のすぐ近くに置き、天下統一を目指すのです。秀吉と利休の関わりをご紹介します。

11

「千利休と茶の湯の美」(11)

【秀吉と利休(2)】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
秀吉は天正10年明智光秀を滅ぼした後、一挙に信長の後継者に上り詰め、天正13年には関白に、朝廷から豊臣姓を賜りました。そして禁中茶会に臨む利休は、この時「利休居士」を賜ります。利休は天下人となる秀吉の求める茶の湯のプロデュースを精力的に果たしつつ、自らの求める侘(わ)び茶の道も深めていきます。「茶話指月集」に語られる利休と秀吉の逸話を紹介しながら、二人の茶の湯についてお話しします。

12

「千利休と茶の湯の美」(12)

【千家の茶の湯と大名の茶の湯】 千里金蘭大学名誉教授…生形貴重
利休が理想としていた茶の湯は、利休切腹後、息子の少庵と孫の宗旦により行われようとします。しかし少庵は大阪冬の陣で亡くなり、そこからほぼ20年、宗旦は病気で茶の湯の活動はしていませんでした。その間に金森宗和は優雅で高級な茶の湯を武家や公家に広げていきました。ところが病気が回復した宗旦が一畳半の侘(わ)び茶席を再現すると、利休の侘(わ)び茶が再評価されるようになります。

文化講演会「心やすらぐ日々のすごしかた」僧侶文筆家 草薙龍瞬

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「心やすらぐ日々のすごしかた」

僧侶文筆家…草薙龍瞬
特定の宗派や伝統に属さない独立派の出家僧として、暮らしに役立つ実用的な仏教を伝えている草薙さんは、法話を交えた法事や講演、刊行などを通し、仏教を宗教としてではなく現実の問題解決に役立つ合理的な方法として紹介しています。今回は著書『反応しない練習~あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な考え方』を踏まえ、やすらぎと満足に満ちた人生を歩むためのヒントを語ります。

NHKマイあさラジオ インタビュー 明日の人

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NHKマイあさラジオ - NHK

インタビュー明日の人 を聴く - NHKマイあさラジオ - NHK

「無人の古本屋を広めたい」(再)
BOOK ROADオーナー 中西 功
3月30日(土)「無人の古本屋を広めたい」(再)
2019年3月30日(土)放送

「無人駅の駅前開発を!」(再)
クラシックレールウェイホテル代表取締役 仲島 秀豊
3月23日(土)「無人駅の駅前開発を!」(再)
2019年3月23日(土)放送

「大人の皆さんに伝えたいこと」
大阪府立四條畷高等学校生徒会 スマホ対策チーム 林 茉里奈
3月16日(土)「大人の皆さんに伝えたいこと」
2019年3月16日(土)放送

「東日本大震災から8年、“在宅被災者”問題を掘り起こし」
一般社団法人「チーム王冠」代表 伊藤 健哉
3月9日(土)「東日本大震災から8年、“在宅被災者”問題を掘り起こし」
2019年3月9日(土)放送

カルチャーラジオ 歴史再発見 「ギリシア人の世界と古代オリンピック」 東京大学教授…橋場弦

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番組表検索結果 | NHKクロニクル

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【ギリシア文明とわたしたち】 東京大学教授…橋場弦
今回のシリーズでは古代ギリシア文明で誕生した中でも「民主制」と「オリンピック」を二つの大きな柱としてお話しいただきます。ギリシア文明がもたらした文化的な遺産は私たち日本人にも決して無縁なものではありません。第1回ではギリシア文明がいつ生まれどのように広まり継承されていったのか、そして現在、私たちの身の回りにあるギリシア文明を起源とする言葉、文学、哲学、芸術、建築様式、医学などについて解説します。

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【都市国家の出現~ギリシア人の世界】 東京大学教授…橋場弦
第2回は「都市国家の出現 ギリシア人の世界」。古代ギリシアは紀元前8世紀になると地中海、黒海に植民地を次々に建設し発展します。その背景には自然や風土など地理的要素が関係していることが見えます。古代ギリシアの土台となったのは各地に誕生したポリス(都市国家)でした。今回はどのようにしてポリスが生まれたのか、その仕組みはどうなっていたのか、そして古代オリンピックが開かれるようになった経緯を解説します。
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【デモクラシーの誕生】 東京大学教授…橋場弦
第3回は「デモクラシーの誕生」。古代ギリシアが遺した大きな遺産の一つにデモクラシー(民主政)があります。紀元前8世紀に成立したポリス(都市国家)は貴族政という政治体制をとっていました。やがて、ポリス社会の中での経済格差、貴族と平民との対立の問題などから変革が迫られます。今回はホメロスの叙事詩やクレタ島「ドレーロスの碑文」に刻まれた成文法からデモクラシーが生み出されていく過程をお話しいただきます。
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【アテナイ民主制】 東京大学教授…橋場弦
第4回は「アテナイ民主政」。紀元前7世紀、アテナイは貴族同士の内部抗争に直面、クレイステネスは独裁的な貴族の地盤を分断し市民団による部族制という思い切った社会改革を実施、アテナイに民主政の基盤を作ることに成功します。そしてペルシア戦争を経て紀元前5世紀の半ばに民主政が完成するのです。今回はアテナイで民主政が完成するまでを「陶片追放」「ペリクレスの葬送演説」などの資料に基づいてお話しいただきます。
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【民主制に生きる人びと】 東京大学教授…橋場弦
第5回は「民主政に生きる人びと」。アテナイ民主政では、国政の最高意思決定機関である「民会」に、アテナイ市民権を有する男子であれば誰でも参加でき、くじによって議員が決められていました。ソクラテスは「国の役人をくじで決めるのは愚かも甚だしい」と民会を批判しています。裁判も市民参加で公平性が重んじられ、都市の民主政は地方(村)の民主政が基本となっていました。今回は民主政のしくみについてお話し頂きます。
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【民主制は滅びず】 東京大学教授…橋場弦
第6回は「民主政は滅びず」。紀元前431年、アテナイはスパルタと「ペロポネソス戦争」に突入、疫病の流行も相まって降伏に至ります。寡頭派によるクーデターで民主政は恐怖政治に取って代わりますが1年後に復活。「悪いことは思い出さない」という誓いを立て報復せず民主政は安定期を迎えます。その後も一時は中断されますが復活しローマ帝国の属州になるまで続きます。今回は民主政の紆(う)余曲折の歴史をみていきます。
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【古代オリンピックのはじまり】 東京大学教授…橋場弦
第7回は「古代オリンピックのはじまり」。平等・対等な社会をめざした古代ギリシア人たちは、一方で誰が一番優れた身体能力の持ち主かということにこだわりを持っていました。人が集まれば行われていたという運動競技会がやがて、ギリシア国内から地中海全体へと発展していきます。今回は紀元前776年~紀元後393年まで約1200年にわたり293回も開かれた古代オリンピック誕生の経緯と歴史についてお話いただきます。
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【競技と祭典】 東京大学教授…橋場弦
第8回は「競技と祭典」。古代オリンピックは神・ゼウスに捧(ささ)げる宗教的祭典としてギリシア、エリスの神域、オリンピアで開かれていた競技大会です。全5日間の日程で競馬競技、五種競技、徒競走、格闘技などが行われ3日目には、宗教儀礼の「大犠牲式」、5日目には表彰式が執り行われていました。今回は古代オリンピックがどのように開かれ、どのような競技が行われていたのかを近代五輪と比較しながら解説いただきます。
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【何のためのオリンピックか?】 東京大学教授…橋場弦
第9回「何のためのオリンピックか?」。古代ギリシア人は何のために運動競技を熱心に行っていたのでしょうか。当時の競技は金品などの賞品を目指して争うものでしたが古代オリンピックでは勝者にオリーブの枝の冠が与えられる栄誉を賭けて行われていました。今回は、古代オリンピックを「軍事とオリンピック」「オリンピックは実戦に役立つか?」「優勝者の褒美」「オリンピックと賄賂」など別の側面から解説していただきます。
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【葬送と競争の文化】 東京大学教授…橋場弦
第10回「葬送と競争の文化」。古代ギリシア人は、神々を喜ばせるという宗教的な儀礼だけではなく、死者への供養として葬儀の時に運動競技会を開いていました。なぜ古代ギリシア人は運動競技が好きなのでしょうか。古代ギリシア人は、運動競技ばかりでなく音楽、演劇、弁論などコンテストの場でも競い合っていました。競争は大事な価値と考えていたのです。今回は、古代ギリシア人の根底にある競争の文化を解説していただきます。
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【理想の人間像-均整の美】 東京大学教授…橋場弦
第11回「理想の人間像 均整の美」。古代ギリシア人は、人は平等で誰からも命令を受けない「自由な身体」との思想から、奴隷、男娼等一部は除き運動競技においても誰でも参加でき公平に行われるべきとの考えを持っていました。心と身体のバランスがとれている人間を徳のある人間とみなし古代オリンピックでは5種競技の選手が最も美しいとされました。今回は、古代ギリシア人が求めた理想の人間像について解説していただきます。
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【民主政とオリンピックをむすぶもの】 東京大学教授…橋場弦
第12回「民主政とオリンピックをむすぶもの」。古代ギリシアでは全員参加で権限を平等に受け持つ民主政とオリンピックとは深く結びついています。古代オリンピックでは市民であれば個人の意思で参加でき「国を代表する」という考え方はありませんでした。そのため、戦争中の国同士であっても一時休戦し行われていました。この精神は近代五輪にも継承されています。今回は古代オリンピックと民主政の関係をお話しいただきます。
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【ギリシア人が教えること】 東京大学教授…橋場弦
第13回「ギリシア人が教えること」。ギリシアは地中海を征服したローマ帝国によって滅亡します。それはローマ人がエリートを信じ、ギリシア人は人間を信じたからだといわれています。アリストテレスはギリシアの民主政を「優秀な一人による支配より、凡庸だが多数による支配」と表現しています。最終回では古代ギリシア人が生み出した文化的遺産が、時代や地域を超えてなぜ今も受け継がれているのかを総括していただきます。